2014年 原水爆禁止 国民平和大行進  
竹田昭彦日誌(#21)・5月26日(月)
〈 アーサーさんが 琴を弾く 〉
旧東海道松並木を平和行進(右から)田中さん、アーサーさん、竹田=藤枝市
アーサーさんが琴を弾く=島田市・道悦島公民館
模擬原爆投下で亡くなった人を慰霊する「平和之礎」。裏面に死没者47人の氏名が刻まれている=島田市・扇町公園
 藤枝市、島田市の行進と市役所訪問です。
 天気は曇りで、昼前から時どき小雨となりました。夜は雨降りです。
 8時30分、藤枝市役所前で出発式が開かれ、市長のメッセージを総務課長から披露され、市長、議長のペナントなど頂き、今日の行進がスタートしました。
 11時55分、藤枝市のJR六合駅南の道悦島公民館に着くと、琴の音に迎えられました。
 アーサーさんもビックリ。興味津々です。
 昼食を早々に、琴を弾くことに挑戦。
 師匠の手ほどきで、音が響きました。
 持参のタイコで琴と共演、彼にとって大きなインパクトだったコトでしょう。
 この歓迎は、生協お琴サークルのメンバーによる11台の琴と、合唱メンバーによる恒例のお持てなしです。
 全国の行進で、琴の歓迎は、ここだけでしょう。
 藤枝市、島田市の行進は、旧東海道五十三次を歩くことが多いです。
 史跡や名所の残っているところが多々あり、目を楽しませます。
 ただし、先頭のリレー横断幕を持っているので、とまって写真を撮るなど、あまりウロチョロできません。
 松並木を歩くときなどは、昔の旅人をイメージしています。
 午後1時15分、島田市役所近くの扇公園(曹洞宗普門院の隣)に着くと、平和乃礎の碑と添えられた碑文がありました。
 この場所は、1945年7月26日に大型爆弾が投下され、即死者33人、重傷者14人(その後死亡)、軽傷者約200人の大きな被害がありました。
 碑建立は1981年(昭和56年)でしたが、その後、この爆弾が長崎に投下された原爆と同じ形をした模擬原子爆弾だったことが判明しました。
 その場で、市長代理で市長のメッセージを披露された方と面談して「とっておき十話」を贈呈しました。そして、私は新潟県長岡市の例をお伝えし、「模擬原子原爆だ説明の案内があるとよいですね」と話しました。
  参照 http://takeda-a.net/10-6-24.html
      http://takeda-a.net/10-6-30.html
 島田市の大井川を渡り金谷宿に入ると、家々から人が出て来て、お願いしてあった募金封筒を手に、行進団のが近づくのを待っています。
 2軒並んで待っている人もいます。
 行進者一同、力が入り、お礼の言葉や、手を振るのに大わらわでした。
 家から封筒を手に出てきた婦人が、急ぎ足で募金袋持った募金隊員に近づいて行きます。
 私と通訳の粕谷女史が、早く受け取らなと、と、ハラハラしていると、ポストのところで投函されました。
 欲目が強くなったことに、肩をポンとたたきあい、苦笑しました。
 今日の行進は、参加者が区間により65〜50人前後で、歩いた距離は16劼任后静岡県の、これまで1日の最高距離です。
 沿道募金は、79,718円を頂きました。
             
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