竹田昭彦日誌(#32)7月06日(土)
〈 原発阻止の誇り 香美町 〉
 香美町の行進と役場訪問です。
 8時30分、JR豊岡駅前の宿を車で出て、1時間ほどかかり香美町の「村岡地域局」(旧村岡町役場)に着きました。
 10時、「村岡地域局」前で出発式を開き、担当課長から激励の挨拶をいただて、行進へ移りました。
 激励の挨拶では、福島原発事故の放射能被害のことや、自然エネルギーへの転換を話され、嬉しく思いました。
家から出て来て手を振られる(提供湊崎紀代美)=香美町村岡区
 村岡地域の行進では、家から出てきた婦人から募金をいただき、手が振られました。婦人は「折り紙が配られなかったので、折り鶴はないと」言っていました。配付が間に合わなかったようです。
 2005年に誕生した香美町は、合併前の旧町の村岡町、香住町、美方町を、それぞれ地域自治区と定め、村岡区、香住区、小代区(美方町の古い名称を復活)と定めていました。
 旧町名を残した地域自治権を布く、合併方式(地方自治法合併の特例)を、初めて知りました。
 それで、旧町の役場を支所とか分庁舎とかと呼ばず、「地域局」と呼んでいたのです。 
但馬七花寺霊場・遍照寺(中央)住職さん
 昼食後、時間的な余裕があり、桔梗の花咲く編照寺(香住区)に寄りました。千株あり、見ごろでした。
 住職さんにお会いし、平和行進の途中に訪問したことを話しますと、本堂に招かれ、茶菓子の接待をいただきました。突然のことにもかかわらず、ありがたいことです。桔梗の鑑賞は、少し高い位置からがよいそうです。
 桔梗寺とも呼ばれる編照寺は、但馬七花寺霊場の一つです。
 午後2時30分、香住区の行進へ移ると、多くの人が家から出てこられたり、車から手が振られたり、激励をいただきました。
 1965年ころから香住町に原発誘致の動きがあり、関電が海岸の下浜地域に建造しようとしました。
 それを、住民がいち早く危険だと反対運動を起こし、70年に阻止させました。素晴らしい歴史があります。
 午後3時40分、香美町役場を訪問し、副町長と議長から激励の挨拶をいただきました。
 議長は、原発問題を詳しく話されました。香美町に原発を建造させなかった誇りを強く感じました。
 今日は、区間により参加者8〜12人で、8.8q歩きました。