2011年 上海マラソンを走る

竹田 昭彦
外灘のスタート風景
陽気な中国の青年(右の2人)と筆者
在上海の日本人マラソンクラブの大震災復興応援マーク
 2011年12月4日(日)、第16回「上海国際マラソン」へ参加しました。
 最初が2002年ですから、連続10回目の参加になりました。
 フルの部の参加者は年々増え、5000人ほどになりました。1996年の第1回目が163人、2000年が200人、2005年が1500人でしたから、大きな発展です。当初のころは、後方を1人旅で、コースを間違う心配をしていましたが、最近は前後にランナーがいるようになりました。
 ゴール順位の方も、2002年の時は参加者252人中209位(5時間3分12秒)でしたが、今回は4027位(5時間44分38秒)でした。
 今回は、スタート位置が南京東路から外灘(ワイタン)大通り(中山東路)に替わりました。ここは、長江支流の黄浦江に沿った戦前からの石造りの洋風建築物が並ぶ名所です。そして、黄浦江向こう側が東方明珠テレビ塔です。
 スタート位置は幅広くなったが、フルとハーフが同時スタートなので、ランナーが1万人以上おり、ぎっしり詰まりました。
 コースは、昨年同様に浦東新区(浦東空港方面)の万博跡地を通り、ゴールが東方体育センターです。
 今回は黄浦江の渡りを、昨年の川底トンネルではなく、名所の南浦大橋を走りました。万博跡地も、各国が残した展示館を周回するコースで良くなりました。
 中国のランナーも本格的な仮装は未だですが、サンタの帽子をかぶり、愛嬌を振りまいて走る若者(写真)が見え始め、雰囲気が和んできました。
 また、30qころから私に必死で追い付いてくる日本人がありました。なかなか離れないので、最後まで一緒に行くことにしました。繋いだ手を高く上げ、ゴール出来て良かったです。走行中は苦しくて声が出なかったそうで、ゴール後の話では、上海で勤務する同僚3人と走ったが、みんなバテて歩いていたところ、私のランニングシャッツの背文字に書いた「100Marathon Club japan」を見て、付いて行こうと必死だったそうす。
 10q以上走ったことが無く、無謀にみえますが、上海マラソンの盛り上の影響で参加したのです。
 夜は、在上海の日本人マラソンクラブTARC(チームアジア上海ランナーズクラブ)の完走パーティーに参加しました。100名を越える参加者で、大いに盛り上がりました。禁酒をしてマラソンに挑んだそうで、美酒の乾杯が続いていました。
 東日本大震災の支援活動も行っておりました。
 上海の発展はめざましく、地下鉄が10年前は1号線と2号線の2本だったのに11号線まで増えました。上海マラソンは、どう発展するでしょうか。
http://www.shmarathon.com/home.dhtml
copyright(c) takeda akihiko all rights reserved