2007年 サイパンマ・ラソンを走る

竹田 昭彦
スタート・ゴール地点で走友(左)と筆者
B-29が原爆を搭載したピット=テニアン島
 2007年1月20日(土)、サイパンで開かれて第2回(フルの部)「サイパンマラソン」を走りました。
 マラソンコースのスタート・ゴール地点は、サイパン島の中心街のガラパンにあるメモリアル・パークです。
 そこをスタートして、前半は北側のバンザイクリフ(万歳岬)の方へ10`ほど走って折り返し、スタート地点の方へ戻ります。後半は、反対の南側のサン・アントニア(サイパン空港方面)へ海岸線を10`ほど走ってゴールに向かいます。
 フルのスタートは、暑さを避けるため夜中の3時半です。夜明けは、6時半ころです。制限時間は、6時間半です。
 フルの部の参加者は37人です。他に、ハーフが51人、10`が60人でした。
 60歳以上の参加者は、私一人だけで、ゴールのタイムは5時間56分でした(22位)。
 年代別の表彰がありましたが、50歳代で終わりです。
 残念(?) 60歳代の表彰をつくるよう要請しました。
 そうすれば、職場を休まず参加できる高齢者の励みになり、走る人が増えると思います。日本と関わりの深い島ですから、参加者を増やす工夫も良いと思いました。
   原爆を搭載したテニアン島を訪ねて
 サイパン島は、西部太平洋・北マリアナ諸島に位置し、現在アメリカの自治領です。
 戦前は、日本が30年間統治していました。戦争末期には、米軍から猛攻撃され、兵士と民間人5万5千人が死んだと言われます。
 サイパン島の南方には、テニアン島やグアム島などがあります。これらの島も玉砕しました。
 今回の旅は、マラソン参加の他に、戦没者の慰霊と、米軍の爆撃機B-29が、テニアン島で原爆を積み込んだ場所を見ることでした。
 B-29が原爆を搭載して飛び立ったのは、テニアン島北部の「北飛行場」と呼ばれる場所です。
 そこには、原爆をB2-9に積み込むときに使ったピット(穴)が、誇らしげに「見せ物」としてありました。
 テニアン島は、1944年7月24日に米軍が上陸し、8月3日に玉砕して戦闘が終わりました。
 その11日間で日本兵8500人中、8100人が死に、民間人1万5千人中、3500人が死にました。
 そうなる前に日本が侵略戦争をやめていれば、沖縄の悲劇も広島・長崎に原爆投下も、私の父の戦死もなかったのです。
 侵略戦争をはじめれば、とことんやめないのが侵略戦争です。
 現在、米国政府は「イラクに大量破壊兵器がなかった」、「うそだった」と認めても、イラクで戦争をやめません。「平和を守るため」ではなく、侵略戦争だかです。
 日本の自衛隊も「国際貢献」という「美名」で、アメリカと一緒になっています。
 核兵器も戦争もない世界を実現するには、世界で唯一の被爆国である日本国民が、憲法9条をもつ日本国民が、各国の国民と力を合わせ、ねばり強い反戦平和の運動を続けることだと思います
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