竹田昭彦・日誌(#03)・7月27日(木)    

北海道→東京コース 終結
韓国のイ・ジュンナムさんが歩く

先頭を歩く李重男さん(中央)
=2023/07/27、東京都新宿区
韓国の反核平和マラソン・ランナーのドクチンさん(右)が到着
=2023/07/27、文京区・礫川公園
田崎さん(右)と竹田
=2023/07/27、文京区・礫川公園
屋内での終結集会後、新日本スポーツ連盟のメンバーと記念撮影(右がドクチンさん、その前がジュンナムさん)
=2023/07/27、文京区・区民センター
 7月27日、北海道から東京へ向かった平和行進の4コースが、東京都の文京区や墨田区で終わりました。
 私は、山梨県から東京都へ引き継いだコースの最終区間、新宿区役所から文京区の礫川公園まで歩きました。
 その行進が新宿区役所に着き、韓国の青年イ・ジュンナム(李重男)さんと初めて会いました。ジュンナムさんは、国際青年リレー行進者として、新日本スポーツ連盟の要請により、韓国体育市民連帯から派遣されました。
 この取り組みは、2016年から始まり、17、18、19年、今年と5回目で、延べ6人の参加です。
 行進終了の礫川公園には、北海道から南下し、埼玉県へ引き継がれたコースも合流しました。その先頭を歩く、通し行進者の山口逸郎さん(91歳)は、相変わらずの雄姿で、私は未だ未だ及ばないと思いました。
 山口さんと、初めて一緒に歩いたのは2012年でした。
 参照 2012年平和大行進
 話しかわって、山口さんの行進の前を、神奈川スポース連盟が招待した、日本の反核平和マラソン(東京~長崎等)体験者のドクチンさんが、ダンボール箱(韓国ノリが入っていた)を持って現れました。
 参照 17-8-08.htm
 また、山梨県から東京都へ引き継ぐ甲武トンネルから終結まで、1995年以来ほぼ毎年歩いている、目に障害のある田崎博芳さん(80歳)にお会いしました。その甲武トンネルは、私が2回の山梨から東京の引き継ぎを出来なかった場所です。2回とも、豪雨で交通止めになったからです。私の因縁の場所を、田崎さんは20数年も歩いていますから、頭が下がります。私は、来年挑戦すると約束しました。
 参照 2011年平和大行進
 参照ブログの後日、田崎さんが甲武トンネルの引き継ぎ場所に、中止を知らず単独で行ったことを聞き、強烈な印象を覚えています。
 終結集会後、場所を屋内に移動し、行進体験交流会が開かれました。
 行進参加の感想や、今後の改善策が話し合われました。韓国のジュンナムさんは、「予備知識が不十分での参加だったが、平和運動に対する大きな転機になった」と話しました。ジュンナムさんは、8月1日から広島の平和行進にも参加します。
 今日の歩いた距離は6㎞で、参加者は40余人です。

 
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