竹田昭彦・日誌(#11)・7月07日(木)  

 
元祖 タンバリンを鳴らして行進

 


 
特製のアピール幕で訴える青年たち
=2016/7/7
 
 
昼食時に国際青年リレー募金のお願いをする=2016/7/7  
 
水川一哉大町町長(左)からペナントを託されるキム・ジョングさん=2016/7/7、大町町役場  
 今日は、武雄市と大町町(おおまちちょう)の役所訪問と行進、江北町(こうほくまち)行進です。
 天気は、午前が晴天で、午後に雲が出ました。湿度が昨日より低く、しのぎやすかったです。
 9時、武雄市役所で出発集会が開かれ、市長からのメッセージを総務課長から披露され、ペナントが託されました。その後、行進へ移りました。
 今日の行進を仕切るのは、全医労(全日本国立医療労働組合)の佐賀の方たちです。
 役割表を頂くと、きめ細かく書いてあり、若い看護師さんたちが、手際よく進めていました。
 以前の行進で、お世話になった方たちとも再会でき、嬉しくなりました。
 全医労の佐賀は、2005年4月にニューヨークの国連本部で開かれたNPT(核兵器不拡散条約)再検討会議への、要請行動に3人参加しました。
 そのとき知った、ニューヨーク・マンハッタンの平和行進の雰囲気を、佐賀の平和行進でも行おうと思ったそうです。
 参照 www.takeda-a.net/05-7-27
     www.takeda-a.net/05-7-28
 そのニューヨークの平和行進参加が、その後の日本の平和行進のパフォーマンスに、大きな影響を与えたと言っても過言ではありません。
 シュプレヒコール中心から、歌あり、楽器ありなどの、沿道の人たちに歓迎される工夫が広がったのです。
 当時の佐賀の行進は、先駆的だったと思います。
 その時のタンバリンが、今も使われていました。
 タンバリンをイさんに渡すと、喜んで鳴らしていました。
 キムさんは、今日は若い人が多いと言っていました。若い看護師たちの参加が多くあり、全体で女性の方が多かったです。
 午後2時30分、大町町役場を訪問すると、職員10数名に出迎えられ、水川一哉町長から激励の挨拶とペナントを託されました。
 午後4時30分、江北町役場に到着し、今日の行進が終わりました。
 今日の行進は、8区間を参加者40人前後で14.9㎞歩きました。
 国際青年リレー行進者支援募金は、昼食時に事務方からお願いされ、1万3千余円頂きました。

 
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