竹田昭彦・日誌(#09)・7月05日(火)  

長崎から佐賀へ引き継ぐ

 
リレー横断幕を長崎県(左)から佐賀県へ引き継ぐ=2016/7/5、佐賀県佐世保市・三川内  
 
被爆の実相を話す(右から)原さんと池田さん
=2016/7/5、有田町役場東出張所
 
 
泉山磁石場で記念撮影。背景の窪地が磁石を採掘した跡=2016/7/5、有田町白磁ヶ丘公園  
 今日は、長崎県から佐賀県へ引き継ぎます。
 長崎は、佐世保市の行進で、佐賀は有田町の行進です。
 天気は、晴れで、気温と湿度が高く、朝から汗をかきました。
 9時30分、早岐駅前で出発集会が開かれ、長崎県最後の行進が出発しました。
 コースは、アップダウンが多くあり、気温が30度を超え、汗がしたたり落ちました。
 12時30分、県境の佐世保市の三川内(みかわち)の陶器組合前で長崎県から佐賀県への引き継ぎ式が開かれました。
 長崎県行進実行委員会を代表して、東よねこさん(長崎県自治労連副執行委員長)が長崎の報告をされ、通し行進者一人ひとりが挨拶し、リレー横断幕と共にキム・ジョングさん、イ・ジミンさん、五十嵐成臣さん、筆者の4人が無事に佐賀県へ渡りました。
 キムさんは、日本語で挨拶し、「よい人にあえたこと、景色がきれいだったこと、食べ物が美味しかったこと」などを話しました。
 長崎県の皆さまには、たいへお世話になり、ありがとうございます。
 午後2時半過ぎ、有田町役場の東出張所で歓迎集会が開かれ、町長からのメッセージを川久保常徳総務課長から披露頂きました。
 つづいて、伊万里・西松浦地区被爆者友の会会長の原一さんと、事務局長の池田和友さんから、歓迎と被爆の実相が話されました。
 ご両人は、伊万里商業学校の学徒動員で、長崎の魚雷工場で被爆したそうです。生き残った同級生も、つぎつぎと亡くなる心情を訴えられました。
 集会後、有田町の磁器生産の誕生に導いた、朝鮮人陶工の李参平(日本名;金ヶ江三兵衛)をまつる陶山神社と、磁器の原料の磁石を発見した泉山磁石場を見学しました。泉山磁石場は、日本で最初に磁石を発見した場所で、有田町が日本の磁器の発祥地です。今年が、日本磁器誕生400年にあたり、有田町では、秋に大きなイベントがあるそうです。
 朝の出発集会直前、昨夜の宿から電話があり、荷物(キャリーバック)の忘れを知らされました。
 宿を出るとき、宣伝カーに積み込んだ確認を、しなかったのです。集中力が欠けました。皆さまに迷惑をかけ、申し訳ありませんでした。
 幸い、昼の県境引き継ぎに参加する方がおられ、たいへん助かりました。ありがとうございます。
 この日誌も、3日の文章で地名を川棚町(実際は東彼杵町)と書いてしまいました。夜、デジカメの電池を充電しようとしたら、デジカメが違っていました。撮影を、お願いしたとき、取り違えたのです。
 これほど集中力が欠けたのは、これまで無かったことです。
 今日の行進は、長崎県の2区間を参加者50人前後で8.5㎞歩きました。
 佐賀県は、2区間を参加者40~30人前後で4.9㎞歩きました。合計13.4㎞です。

 
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