竹田昭彦・日誌(#73)・7月15日(水)  

非核自治体の連携
山梨県非核宣言自治体連絡協議会

 
小林優鳴沢村長(左から2人目)からペナントを託される=2015/7/15、鳴沢村役場  
 
忍野村を1人で歩く筆者=2015/7/15  
 今日は、鳴沢村の役場訪問、富士河口湖町、富士吉田市の役所訪問と行進、忍野村の役場訪問と行進、西桂町の役場訪問、都留市の行進と市役所訪問です。
 天気は、晴れで、雲が出たり風が吹いたり、やや過ごし安かったです。
 午前9時、鳴沢村役場で歓迎式が開かれ、村長から激励の挨拶を頂き、ペナントを託されました。
 式には、職員30人の出迎えを受けました。行進団は3人でした。鳴沢村の行進はなかったですが、役場職員総出の歓迎を受け、胸が熱くなりました。
 午前の、富士河口湖町から富士吉田市の行進では、車窓から多くの手が振られました。走っていた品川ナンバーの車が止まり、千円の募金を頂きました。
 リレー横断幕が、日差しの加減でよく見えたことと、軍事法案を通す国会の強行採決が反映したと推測しました。
 午後1時30分、忍野村訪問で歓迎式が開かれ、村長から激励の挨拶を頂き、ペナントを託されました。
 行進団の訪問は、行進実行委員会の責任者と私の2人だったため、責任者が宣伝カーの運転をして、私が1人で歩きました。
 役場を出るとき、村長をはじめに、職員たちから大きく手が振られ、胸が熱くなりました。
 行進へ移り、対向車の車窓に手を振ると、手を振って応えられ、1人で歩く元気をもらいました。
 しばらく歩くと、網の目「山中湖・道志」コースの参加者が合流され、10人ちかくの行進になりました。
 午後4時、都留市役所で歓迎式が開かれ、職員30人が出迎えるなか、市長から激励の挨拶を頂き、ペナントを託されました。
 ここで、今日の行程が終わりました。
 山梨県には、山梨県非核宣言自治体連絡協議会があります。設立は、1986年(昭61年)で、7市10町の加盟でした。現在は、県庁を含む全自治体38が加盟しています。原爆投下の8月6日広島、8月9日長崎、8月15日終戦の時間に黙祷を呼びかけるなど、連携した平和行政を推進しています。非核平和宣言自治体が、都道府県単位で連絡協議会を組織しているのは、山梨県が唯一だろうと思います。
 行進は、5区間を参加者13~2~11人で11.4㎞です。