2014年 原水爆禁止 国民平和大行進  
竹田昭彦日誌(#32)・6月06日(金)
〈 清洲城 陣太鼓で激励! 〉
清洲城に行進団者が到着=清須市・清洲ふるさとやかた
愛知県のリレー横断幕を持ち先頭で歩く大長芳雄さん(右)=清須市
 今日は、名古屋市、清須市、北名古屋市の行進と役所訪問です。
 私とアーサーさん、わかやま市民生協の林慶太さんは、午前の行進に参加せず、並行して行われた名古屋市役所と愛知県庁への要請行動に参加しました。
 天気は曇りで、昼休みに雷雨がありました。
 9時15分、名古屋市役所を訪問し、あらかじめ要請していた項目に対する回答についての、意見交換をしました。
 出席は、行進団14人と、市当局の関連部署幹部10人でした。
 市側からは、河村たかし市長が昨年「平和首長会議」に加入した経緯が伝えられました。
 私は、国連で核兵器禁止条約の締結を求める国々が急速に広がっている世界の動きを話し、名古屋市の平和行政としての果たすべき役割を訴えました。
 10時45分、県庁を訪問しました。
 出席は、行進団11人と県当局の関連部署幹部8人でした。
 意見交換では、愛友会(愛知県原水爆被災者の会)の金本弘副理事長の訴えが、強く印象に残りました。
 回答書の随所に、例えばアピール署名の賛同や、その推進の協力については、「様々な個人や団体が取り組まれている中で判断されるものと理解しておりますので、差し控えさせていただきます」などとあり、なぜそうなるのか被爆者として理解に苦しむと、訴えたことです。
 自治体の行政は、市民、県民の一人ひとりの命と平和な生活を守るはずです。
 名古屋市長と県知事からは、メセージやペナントを頂けませんでした。
 12時30分、清須市の清洲城で行進が到着するのを待っていると、まもなくやってきました。清洲城を背景にパチリと撮りました。勇壮な光景です。
 午後1時30分、清洲城前から行進がスタートすると、天守閣の欄干から出陣太鼓が、ドーン、ドーンとなりました。
 こんな仕掛けは、初めてです。大よろびで、心が躍りました。
 清須市を行進が通るよになったのは、2010年からです。
 清須市が誕生する前の、清洲町の町長(1997〜2001年)の大長芳雄さん(現81歳)の尽力の賜です。
 大長さんは、2007から県内通し行進を続けており、生涯、核兵器廃絶運動に尽くすと話しています。
 今日の午後の行進は、参加者が区間により60〜90人で、歩いた距離は7.9�卻發任后�
 午前を含めた延べ参加者は150人、沿道募金は42,320円、沿道署名は351筆と報告がありました。
             
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