竹田昭彦日誌(41)8月06日(日)

〈大学生が大会決議(案)を読み上げる

東京都教職員組合青年部のランナー
 朝、7時から広島城で開かれた「ヒロシマ平和マラソン」に参加しました。
 今年が20回目です。広島城内の1.6劵魁璽垢鬘閏する種目と、2周する種目があります。
 私は、1周する種目に参加しました。
 後方からスタートすると、歩いて参加する婦人がいました。最初から歩いて参加するのは「難しく」、何かありそうです。
 ご一緒し、話しを聞くと、15回ほど参加しているベテランで、「歩いても、2周走った遅い人より、早くゴールする」と言います。
 婦人は、自分の子どもを乳母車に載せ、押しながら参加したこともあったそうです。「その子は中学生になり、今日、走っている」とのことでした。
 私のゴールタイムは、16分48秒でした(最下位)。
 この大会には、何回か参加したが、参加者がだんだん少なくなっているのが心配です。婦人とのやりとりで、ウォークの種目を増やせば、人気がでると思いました。
 そんな中で、「東京都教職員組合青年部」の旗が目につき、嬉しくなりました。青年部の旗を見たのは初めてです。さっそく、記念撮影に入れてもらいました。
 会場を一端出たが、「ウォーク」のことが気になり、戻って、役員サンに自己紹介をし、「ウォークの種目を増やしたら、喜ばれるのでは」と提案しました。最近、中高年のウォークが盛んになっています。各県から2人参加すれば、直ぐ100人になります。広島城も見学でき、ステキな出会いもあるでしょう。
 このマラソン大会は、世界大会案内パンフの「階層別・分野別交流会」で紹介しています。世界大会と連携した行事です。
 この後、平和記念公園へ行き、原爆が落とされた8時15分に黙とうをしました。
 そして、「第24回広島〜長崎反核平和マラソン」のスタートを見送りました。
 こちらのマラソンは、長崎(平和祈念像)まで、500劼鬟織好で継なぎます。到着は、3日目(8日)の夕刻です。20余名のランナーが、元気に走って行きました。
 世界大会の閉会総会では、大会決議の「広島からのよびかけ」の提案を、大学生が読み上げました。これを見て、核兵器廃絶運動を若人に引き継いでゆく、歴史的1ページだと感銘しました。
被爆者の援護と核兵器廃絶を訴える「在ブラジル原爆被爆者協会」の渡辺淳子さん
 もう一つ感銘したのは、世界の行動報告で、「在ブラジル原爆被爆者協会」の渡辺淳子さんの話です。
 予定した原稿が終わったところで、感情を押さえきれず、話を続けました。
 「時間です」のサインが2回も出ました。
 「サンパウロから2日かかってやって来た」と、つよい思いを話されます。母国日本の位置から、地球の反対側にあるブラジルより、遠い故郷の広島にやってきて、予定の短時間では収まりません。当然です。
 私は壇上に駆け上がり、かたい握手をしました。
 「ブラジルには被爆者が200人以上いる」と話されました。
 亡くなった人も多いそうです。