竹田昭彦日誌(40)8月05日(土)

〈分科会で特別報告〉

分科会で特別報告をする(右端が竹田)
 世界大会広島2日目の今日は、分科会1「すみやかな核兵器廃絶のための行動と共同-草の根運動の交流」の分散会2で、特別報告(10分)をしました。
 通し行進に参加して、「平和行進が核兵器廃絶の草の根運動の原典」だと思った体験を話しました。
 報告の骨子は3点です。

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  �� 行進で大切だと思ったこと

 ��と��は、日誌で取り上げてきたので、��の「大切だと思った」ことの内の一つを書きます。
 それは、行進の先頭を行く宣伝カーのことです。宣伝カーは、行進の顔で、PR効果が一番大きいです。そこで、残念だと思ったのは、宣伝カーの屋根の看板で、前部と後部に、何も書かれていない宣伝カーが、多かったことです。
 行き交う人や車の人は、相互の移動中に宣伝カーを見るので、横の看板は、見る時間が短いです。その上、すれ違うときに、意識して顔を横に向けないと、見えません。
 宣伝カーの前部と、後部にも「平和行進」とか「核兵器廃絶」とかの宣伝文字があれば、見やすく、何の行進か、分かりやすくなると思いました。なお、前部と後部には、スピーカーが取り付けてあるから、工夫が必要です。
  この分科会では、「被爆者の証言」がありました。その証言の中で、広島の学徒動員で被爆死した中学生の多かったことを知りました。
 全国の学徒動員者数340万人のうち、死亡者は10,966人です。その中で、広島に落とされた原爆による死亡者が8,953人(全体の82%)です。このうち、中学1、2年生が6,317人(全体の57%)です。
 普通、中学1、2年生の学徒動員はなかったのですが、建物疎開作業のため、動員され、多くの死者を出しました。
 爆心地の中之島は、当時繁華街で、空襲、爆撃されたときの延焼を防ぐため、建物疎開作業をしていたのです。
 全滅したといわれます。