竹田昭彦日誌(16)7月12日(水)

〈私の父母の思いを歌に〉

 今日の行進は大分市内です。
 昨日終点のJR鶴崎駅前から、大分県庁まででした。市街地に入ると、片側2車線が多くなり、左車線を3列縦隊で、整然と行進することができました。ただし、道路が広がるから、対向車のドライバーや右側の通行人には、平和行進だと分かりにくいようです。
 あまり、行進者の方を見てくれない気がしました。
 行進は午前中で終わり、8.5�卻發�ました。参加者は40〜50人です。
 年金組合の人が募金をしながら行進し、1万数千円いただきました。
大分県中央集会で「ガンバロー」三唱
 県庁前の大手公園では、昼休みの時間帯を利用して「大分県中央集会」が開かれました。約100人が参加し、平和行進の中間報告や、福岡県へ引継ぐまでの決意などが語られ、「ガンバロウー」三唱で閉めました。



歌を7詠まれた秋篠カズエさん(右)と竹田
 この中央集会のとき、大分市の秋篠カズエさん(77歳)が、私の父と母の思いなどを歌に詠み、発表されました。
 私が、出発集会で話した、4歳(1944年=昭19)のときに「父の出兵、強制疎開、戦死の通知、葬式、弟の出産」があり、「どん底に落とされた悲惨さ」を聞いて詠まれた歌です。




          出征する父をみおくりなきじゃくるわが子だきしめ涙とまらぬ

          われすてて子そだてのみの年月は思案にくれる日々多かりき


          靖国の神とまつられあがめられだけぬ我が子がふびんならぬ

          九条をまもる心でさんかして喜寿を忘れてみなと歩きし


 午後は、大分市役所と県庁を訪問し、首長と議長への要請行動をしました。各、応対された総務部長さんや議会事務局長さんには、「すみやか署名」に賛同されるよう話しました。大分県の他の自治体は、「すみやか署名」に賛同しています。
 夜は、「平和遺族会」大分支部などの厚意により、夕食交流会を開いていただきました。