竹田昭彦日誌(50)8月06日(土)
〈長崎市の「原爆公園」へ無事到着〉
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| 日見峠を上る=背景の海は橘湾 |
いよいよ、行進最後の日です。
今日のスタート地点の日見公園を、10時15分に出ました。
100mほど行進して、後ろを見ると、公園に団体のリレー旗が残っているのに気付きました。
集中力が欠けたようです。走って戻って取り(2本)、宣伝カーに積みました。
毎日、宣伝カーに積まれたリレー旗の、出し入れも一仕事です。ていねいに1本、1本を、出してみないと、リレー旗どうしが絡んでいるので、目的の旗が取り出せません。旗竿上部の横棒が、回転する仕組み(風向きで変わる)と、その横棒が簡単に抜けるためです。
長崎県の行進は、3幹線コースが合流したから、旗の本数も多く、持ち手のない旗が、毎日、半分か、3分の1ぐらい残ります。 残った旗は、宣伝カーに再度積むわけです。 公園を出てしばらくすると、上り、上りになりました。「西の箱根」と言われた日見峠越えです。80年前(大正15年)にトンネル(640m)が出来たので、その後は楽になりました。
現在は、更に「新日見トンネル」と「長崎自動車道」のトンネルが掘られています。ほとんどの車は、新しい方を通るので、従来のトンネルを通る行進は楽でした。かっては、トンネルを通る行進は車が多く危険なので、山越えをした時期もあったそうです。
順調に日見峠を越え、下って、市電の停留所の蛍茶屋にさしかかると、鳩を「PEACE」の文字でデザインした、「世界大会のポスター」が目につきました。長崎市原水協の大塚孝裕事務局長に聞きますと、中心街に350枚も掲示したそうです。よい雰囲気でした。
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| 終結集会でお礼の挨拶をする竹田(右から3人目)=原爆公園「原爆中心碑」前 |
16時45分、「沖縄→長崎コース」が無事に長市の「原爆爆心地」に着きました。
全行程を無事行進できましたのは、中央実行委員会をはじめとする各県各地域の実行委員会の皆様のお世話と、ご一緒に行進した皆様のおかげです。
そして、沿道の皆様の励まし、自治体の皆様の激励によるものです。心から感謝申し上げます。
「沖縄→長崎コース」通過の各県では、お巡りさんが、一度も平和行進の交通整理に見えませんでした。これも初体験でした。
今日の行進コースは、長崎市の日見公園から日見トンネルを通り、長崎市の原爆公園迄で、参加者は110〜80人でした。歩いた距離は14.5�劼任后�
長崎県を歩いた距離の合計は、87.5�劼任后�
沖縄から歩いた総距離は、584.5�劼任靴拭�
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