竹田昭彦日誌(44)7月31日(日)

〈九州の「上り」は長崎でござる〉

 一般的に街道の「上り」方向といえば、東京(江戸)か京都を指します。九州の一部で使われている言葉に、原水爆禁止世界大会の「上りの大会」と「下りの大会」、という表現があります。大会のメインが長崎の年は「上りの大会」で、広島がメインの年は「下りの大会」です。
 平和行進が、長崎へ向かう場合は「上りのコース」で、広島へ向かう場合は「下りのコース」です。佐賀県は、その年により「上りのコース」と、「下りのコース」があります。往復コースなので、昔の大名行列に似たところがあります。今年は、「上りのコース」です。
 それで問題は、午前の行進を「2時間30分」(9時30分→12時)、午後の行進を「3時間」(13時→16時)としている時間割ならば、午前の距離を短くし、午後の距離を長くする配分になるはずです。
 今年は、昨年の「下り」と逆の「上り」なのに、昨年と同じ距離配分だったようです。そのため、昨年は午後に歩いた長い距離を、今年は午前に歩きました。これにより、午前の到着は12時20分過ぎで(予定は12時)、午後の到着は15時30分前になる(予定は16時)ケースが多くありました。そのため、役員が運行時間の調整や役場との連絡などに、苦労していました。
 「上り」の年と、「下り」の年による「違い」を、調整・変更するには、休憩や昼食場所の設定、自治体訪問の時間など、出発時間や終了時間も含め、難しいことと思いますが、運営しやすい方法がないかと考えました。
武雄市から有田町に入る西谷峠越え
=有田町踊瀬、先頭が永尾さん

 今日の行進の「責任団体」は、佐賀高教祖でした。担当者の永尾実さんは、有田町が地元の方でした。先頭で横断幕を持ち、盛んに手を振っていました。対向する車の車窓から多くの手がふられ、励みになりました。田園部では、宣伝カーからの声が良く届いたようで、100m以上離れた所からも、何人からか、手が振られました。市街地では見られない、心温まる光景でした。
 また、手を振る合間に、永尾さんから地元の歴史や、有田の商店街では陶器を扱う各店の特徴など、解説してもらいました。じっくり見聞したいところですが、2足の草鞋は履けないから、残念でした。
 今日のコースは、武雄市役所から国道35号線を西へ進み、有田町役場迄で、参加者は25人前後でした(延べ参加者33人)。歩いた距離は15.5�劼任后�終点の有田町役場では、日曜日にもかかわらず、冷水の接待を受けました。