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シベリア出兵100年
② ハバロフスク

 
氷結のアムール川を走る筆者。奥が対岸
=2018/02/25、ハバロフスク
 
路面から除雪した発砲スチールのような雪のかたまり=2018/02/25、ハバロフスク
親子でそり遊び=2018/02/25、ハバロフスク
極東軍事博物館の日本兵遺品
=2018/02/25、ハバロフスク
 2月25日、昨夜の9時、ウラジオストック駅からシベリア鉄道の夜行列車オケアン号に乗り、今朝の8時半、ハバロフスク駅に着きました。ハバロフスクは、ハバロフスク州の州都で、ロシア極東(バイカル湖から太平洋に接する地域)の連邦管区庁の所在地にもなっています。
 夜行列車の席は2等で、4人1部屋の2段ベッド方式でした。今回のツアーは5人で、男性が4人なので同じ部屋でした。室内は暖かく、折りたたみのテーブルもありました。ウオッカのボトルを据え、12時まで談笑しました。
 シベリア鉄道の終点はモスクワで、9,288㎞あり、7日昼夜かかる世界最長の鉄道です。
 私は、ウラジオストックからモスクワまで通して乗り、モスクワから船旅でボルガをカスピ海に下り、黒海へ移動し、ウクライナのオデッサ(横浜市と友好都市)から、船旅でフランスのマルセーユに行く夢を見ています。
 下車後、ホテルで休息をして昼前、アムール川へ行きました。大河の氷結を見るのは、初めてです。1985年の夏に見た印象と全く違います。雪原の下に川と知らずに見たら、一面銀世界の平原だと思います。
 氷の厚さは1mあるそうです。安全を確認して、車の通れる場所もあるといいます。
 散歩や、穴を掘って魚釣りをしている人がいました。気温は、マイナス20度前後のようです。
 早速、撮影用のやらせで走ってみました。
 アムール川は、ここからさらに北東へ流れ、樺太北部の間宮海峡が河口です。川の長さは、上部の支流を含めると約4,300㎞(世界8位) です。源流は、モンゴルです。
 支流を入れた流域面積は、約185万㎢(世界10位)で、日本全土の5倍の広さです。極東の母なる川でしょう。 

 昼夜の気温も、マイナス10度以下が続くと、積雪が発砲スチール状になって軽く、板のようです。除雪して積み上げた雪辺を、持ってみて分かりました(写真2段目)。
 私は山形県の米沢地方で育ちました。マイナス10度の体験もありましたが、除雪の雪を積み重ねると、上下が接着するものでした。湿度が高いのかも知れません。こちらでは接着せず、極寒の雪質を知りました。
 今日は、日曜日の晴れで、斜面の空き地では親子がそり遊びをしていました。
 親子4、5人が乗れるエアーマットのようなそりがあり、幼子もキャ、キャ、とはしゃいでいました。
 滑っては上り、滑っては上り、本当に楽しそうです。

 市内見学は、民族博物館や極東軍管区歴史博物館などへ行きました。
 民族博物館には、民芸品コーナーに数か国の人形類がありました。その中に米沢市に伝わる木彫り工芸品の一刀彫り(笹野一刀彫)の鶏がありました。一刀彫りは、1本の木を一刀で彫り、鳥の羽や尾羽をカール状に仕上げる技法です。見て嬉しくなり、係員にその旨を話しますと、手作りの人形を頂きました。
 そほか 注目したのは、貴金属資源の一室があり、宝石をたくさん並べていました。シベリアは、相当の産地のようです。知識がないので、何が貴重品なのか分からないのが残念でした。

 極東軍管区歴史博物館では、日本兵が残した遺品の数々を展示するコーナーが目につきました(写真4段目)。
 持ち主(あるは遺族)は、返して欲しいだろうと思いました。
 博物館の屋外には、軍用車、高射砲、戦車、ロケット弾、ミサイルなどが、数おおく展示してあり、不気味でした。
 その博物間で、貴重な冊子を頂きました。同行の一人の方の尽力によるものです。
 注目すべき内容は、1941年に結んだ日ソ中立条約は、日本が先に破ったという主張です。「ソ日中立条約に違反して、日本軍部は、極東における我が方の船舶活動をさまざまに妨害した。中立海域において、ソ連船舶を妨害し、臨検を行い、ソ連船18隻が沈められた」いうものです(詳細は新聞「日本とユーラシア」2017年11月15日号参照)。

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