竹田昭彦・日誌(#50)・7月22日(日)    
下関市の行進
本州の第1歩

下関市を行進=2018/07/22
通行人から募金を頂く=2018/07/22、下関市
山陽小野田市の出発式。右から2人目が総務部長=2018/07/22、山陽小野田市役所
 今日は、下関市、山陽小野田市の市役所訪問と行進です。
 天気は、晴れでした。
 9時30分、下関市役所前の公園で出発集会が開かれ、総務部長から市長メッセージが披露されました。
 メッセージは、国連で核兵器禁止条約の採択、朝鮮半島の南北会談、米朝会談にふれられ、核兵器廃絶に向けた期待感が表明されました。
 その後、広島まで行く5人の通し行進者と、山口県内通し行進者の横井霞さんが挨拶しました。
 私の挨拶では、昨年、朝鮮通信使がユネスコの世界記憶遺産に登録された喜びを話しました。
 この場所で、昨年の出発式で、記憶遺産に登録される期待を話したからです。
 参照、takeda-a.net/17-7-16
 南北会談、米朝会談が急速に開かれ、日本と朝鮮戦半島のあらゆる問題が、平和的に大きく変化するだろうと述べました。
 平和行進も、朝鮮通信使の隊列と同じように、友好と平和を広げる、似たところがあると思っています。
 下関は、朝鮮通信使が対馬、壱岐などを経由し、瀬戸内海に入る、重要な拠点でした。
 出発式後、本州へ入って最初の1歩がはじまり、広島が、見えてきたような気になりました。
 行進が進むと、家から募金を持って出てくる人が多々あり、私も受け取りました。
 午後2時過ぎ、下関市から山陽小野田市へ宣伝カーで移り、山陽市役所へ着きました。
 2時の出発式より遅れ、慌ただしい段取りとなりました。その上、下関市で宣伝カーのマイクが壊れ使用不能でした。
 休庁日にもかかわらず、総務部長の出迎えを頂き、市長からのメッセージが披露されました。
 恒例の折り鶴が、地元の医療生活協同組合などから託され、海外の青年2人が受け取りました。
 行進へ移ろうとすると、
宣伝カーのICレコーダが機能しません。肉声アナウンスの原稿も見つかりません。
 困りましたが、私が持参した予備のアナウンス・カセットテープでしのぎました。
 今日の行進距離は、下関市を3区間60人前後で7.5㎞、山陽小野田市を1区間16人で1㎞歩きました。合計、8.5㎞です。
 なお、下関の行進では、延べ参加者は80人と報告がありました。

 
  copyright(c) takeda akihiko all rights reserved.