竹田昭彦・日誌(#10)・6月12日(火)    
沖縄から鹿児島へ引き継ぐ

鹿児島の行進出発式で鹿児島県原爆被爆者協議会の大山正一事務局長(左)から激励の挨拶を頂く
=2018/06/12、鹿児島市役所前
・大通り公園
テレビ局の取材を受ける行進者
=2918/06/12、鹿児島市
国際青年リレー行進のタスキを掛けて先頭を行く青年たち=2018/06/12、鹿児島市
 今日は、沖縄県から鹿児島県へ引き継ぎ、鹿児島市を行進します。
 天気は、曇り空で、時々日が差しました。湿度が低く過ごしやすかったです。
 9時、鹿児島市役所前の大通り公園で、鹿児島県の出発式が開かれ、沖縄→広島コースのリレー横断、国際青年リレー行進のタスキを、沖縄県から沖縄県へ無事に引き継ぎました。
 出発にあたり、鹿児島県原爆被爆者協議会の大山正一事務局長から激励の挨拶を頂き、被爆者国際署名の呼びかけがありました。
 続いて、参加7団体からの決意表明がありました。
 今日、シンガポールで米朝首脳会談が行われることから、北朝鮮の核廃絶と朝鮮戦争の終結へ向けた期待感が、多くの方から話されました。
 世界史が動く、重要な一歩になるかも知れません。
 出発式の最後に、イイネ・コールの練習をして行進へ移りました。
 シュプレヒコールから、ピースコールに移る、全国的な雰囲気を感じ、嬉しく思いました。
 テレビ5社の取材もあり、私たちの核兵器廃絶運動と
米朝会談の動向が、メディアの関心を呼んでいるようです。
 取材は、頭撮りだけではなく、行進へ移っても長く続き、何人かがインタビューを受け、これまでにない活気と、緊張感がありました。
 11時35分、行進が県庁前へ着くと、行進者の集合写真を撮りました。例年の行事だそうです。
 昼、昼食場所の県生協会館で、平和行進ドキュメント・ビデオ「一歩でも二歩でも」を鑑賞しました。
 その後、感想などの発表があり、他県の行進を見て参考になったと話されました。
 午後3時、共研公園へ着き、今日の行進が終わりました。
 ここでも、行進者の集合写真撮影がありました。
 今日の行進では、国際青年リレータスキを掛けた青年たちが、終始先頭で歩きました。
 午前は女性で、午後は男性でした。
 タスキを掛けた人には、タスキの裏にサインを書いてもらっています。
 午後の男性は、同じ職場から5人参加しておりました。タスキが3人分(3本)しかなかったのですが、タスキを掛けなかった人からも、サインをしたいと言われ、サインをしてもらいました。
 行進の盛り上がりを感じ、たいへん嬉しくなりました。
 後で、タスキを交互に掛けてもらう、配慮もあったことに気づき、反省しました。
 私は将来、平和行進ミュージアムができたときには、国際青年リレー行進のタスキを、展示するユメを見ています。
 夜は、通し行進者との交流会を開いて頂きました。
 私の行進参加の動機や、各地の行進の思い出など紹介しながら、話題が尽きませんでした。その中で、県内の通し行進をしたい、と決意する人もありました。
 今日の行進距離は、4区間を80~30人で9.7㎞歩きました。

 
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