竹田昭彦・日誌(#2)・4月15日(日)    
西本あつし墓参り
国連で 核兵器禁止条約採択を報告

群馬県伊勢崎市を平和行進(左から五十嵐成臣さん、山口逸郎さん、筆者、山内」金久さん)
=2018/04/15、国定町
西本あつしさんの墓前に国連で核兵器禁止条約が採択されたことを報告する=2018/04/15
西本あつしさんの墓前で記念撮影
=2018/04/15、伊勢崎市国定町・養壽寺
 4月15日、群馬県伊勢崎市国定町の養壽寺に眠る、西本あつしさんのお墓参りをしました。
 西本あつしさんは、平和行進の提唱者で、1958年4月に広島から出発し、東京迄(8月着)歩いた方です。
 それ以来、平和行進が全国に広がり、今年が60周年です。
 私は、今年の平和行進の出発に先立ち、国連で核兵器禁止条約が採択された報告と、一日も早い核兵器の廃絶を願いました。
 墓前には、核兵器禁止条約の採択を歓迎する、プラカードの写真をそえました。
 参照 http://takeda-a.net/17-7-11

 参加者は、全国通し行進者の
山口逸郎さん(北海道→東京・日本海コース)、五十嵐成臣さん(四国→広島コース)、山内金久さん(北海道→東京・太平洋コース)、筆者の竹田昭彦(沖縄→広島コース)、日本原水協事務局の前川史郎さん、映画「一歩でも 二歩でも」の監督有原誠治さんと、群馬県の方々5人です。

 JR両毛線の国定駅から養壽寺まで、リレー横断やのぼり旗を持って平和行進をして行きました。
 線路際の道路で、通った列車に「平和行進ですーす」と手を振ると、運転手が「ピー」と汽笛を鳴らしました。行進者一同 たいへん感激しました。
 普通は、めったにないことです。
 元国労の運転手ではないでしょうから、世相の反映かも知れません。
 その後も、家や車窓から手が振られ、のどかな田園風景を楽しく歩くことができ、全国行進出発前にふさわしことでした。

 群馬県原水協では、西本さんの命日の4月29日に墓前祭を行い、平和行進実行委員会を開いているそうです。
 来年からは、全国通し行進者の墓参を、その29日に行うようにしたいと、意見がまとまりました。

 最初の墓参は、有原さんの提案で2015年でしたから、今年が4回目です。有原さんの思いは、映画「一歩でも 二歩でも」のスタートを、西本さんの関わりの地から撮りたかったそうです。

 参照 http://takeda-a.net/15-5-04
     http://takeda-a.net/10-7-17  

 
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