2014年 原水爆禁止 国民平和大行進  
竹田昭彦日誌(#04)・5月09日(金)
〈 沿道から 千羽鶴を託される 〉
理容店から出てきた親子から、千羽鶴を受け取るフィリピンのマギティング・ファブロスさん(右)と、わかやま生協の江藤遥さん(左)
川崎市の多摩丘陵地帯の坂道を延々と行進
 今日のコースは、AとBに分かれます。
 私はAコースで、川崎市の高津区、多摩区、麻生区です。Bコースは宮前区で、大阪の田中さんが担当します。
 天気は、朝から快晴でしたが、午後3時頃、冷たい風が急に吹き出し、数分間、少しつよい雨が降りました。その後は、陽が差しました。
 朝から、Tシャッツ1枚だったので、雨で濡れたときは体が冷えました。
 9時10分、高津区役所で出発集会を開き、行進がスタートしました。
 11時過ぎ、理容店から千羽鶴持った親子が出てきて、行進団に渡そうとします。フィリピンのファブロフさんと、わかやま生協の瀬藤遥さんが受け取りました。
 感激したファブロスさんは、背負ったリックに結び、ニコニコしていました。
 千羽鶴は、親子で折ったそうです。
 多摩区役所の昼食休憩中には、昨日と同様に血圧測定がありました。
 計ってもらうと、140/90でした。昨日より上が18さがっており、安心しましたが、130/80位が理想的だそうです。
 午後の多摩区の行進は、多摩丘陵地帯のアップダウンが延々と続く道でした。Tシャッツでも汗が出ました。
 川崎市の地域は、多摩川河口の東京湾の埋め立て地から、多摩川の上流へ向かった平場と丘陵地帯まで続きます。
 多摩川の流れに沿った「ウナギの寝床」と呼ばれる弧形です。 
 私は、川崎市に1960年(昭和35年)から6年ほど住み、N製鉄会社で働いていました。
 3日間行進してみて、海側も山側も、すっかり変わっていました。
 当時は、高度成長期で、煙突から吐き出る煙は「7色けむり」と称賛していたが、今は、その公害スモックの減少が、よいところでしょうか。
 住んでいた独身寮(現中原区市ノ坪)のあった、JR南部線平間駅前を行進したので、懐かしい限りでした。そして、当時の同僚の何人かと再会をしました。本日、平和行進をしていなかったら、景色の変化を見ることも、再会もなかったことでしょう。
 今日で、川崎市全7区の行進が終わりました。
 Aコースで訪問した区役所では、区長や代理の部長から激励のメセージを頂きました。
 今日のAコースの行進は、参加者が区間により70〜100人前後で、歩いた距離は14.7�劼任后� 
             
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