竹田昭彦日誌(#26)5月31日(木)


〈静岡県から愛知県へ引き継ぐ〉

引佐コースの参加者
=浜松市北区三ヶ日支所
 今日は、静岡県から愛知県へ引継ぐ日です。私の静岡最後の行進は、浜松市北区の引佐(いなさ)コースです(他に湖西市コースあり)。
 浜松市北区は、旧引佐町、細江町、三ヶ日町が浜松市と合併した地域です。旧3町の役場(現北区支所)周辺の市街地を、2qほどずつ行進しました。家から出てきて、手を振られる人や、募金される人が多くあり、自然な風を感じました。北区を車で移動中、所どころで見える浜名湖は、小島などもあり美しい景色でした。政令都市になった浜松市の行進は、この3日間で7区すべてを行進しました。今後の平和運動発展の良いスタートになったと思います。
 12時過ぎ、静岡から愛知へ引継ぐ県境の湖西市「湖西上ノ原公園」へ着くと、既に300人を超える人たちが集まっていました。直ぐ、引継ぎ式がはじまりました。引継ぎ時は、超多忙です。自分の荷物(3個)の積み替え、リレー横断幕を持っての整列、通し行進者としての挨拶、宣伝カーの中での昼食(数分で食べる)、静岡でお世話になった人への別れの言葉、愛知の人との名刺交換、写真も撮りたい、そして、愛知の行進スタートです。
原爆の火を分火
=桜丘学園高校ふれあい広場
 愛知県に入った行進は、豊橋市を歩きました。200人規模の行進で、若い人も多く賑やかです。横断幕を一緒に持っていたベテラン県内通し行進者から、「東京から歩いてきた人が、愛知県でバテることが多いですよ」と、アドバイスがありました。梅雨もむかえ、一つの山場だと思います。加齢とともに、体力を過信しないよう、自分に言い聞かせました。
 行進途中の休憩場所の一つに、休憩なしで、テーブルに並べられた紙コップの水を、飲む場所がありました。マラソンの給水所と同じです。それを知らず、止まって飲んでいたら、後の人たちに追い越されました。愛知の行進にも、意外性がありそうです
 行進の終了は、桜丘学園高校でした。夕方の5時過ぎ、学校へ着くと、数10名による吹奏楽の演奏で迎えられました。凱旋したような気分です。ふれあい広場に着くと、和太鼓の歓迎です。予告を受けていましたが、想像を超えた、学校上げての歓迎です。校庭の中心に「原爆の火」を灯し続ける「平和の塔」がありました。高さが、5mもある自然石の建立です。愛知の平和行進は、その「原爆の火」を分化してもらい、先頭で進みます。
 今日の行進は、引佐コースが15人前後で5.5q歩きました。北区長からペナントをいただきました。沿道募金は10,672円です。静岡の行進の合計距離は、178qです。
 愛知県豊川市の行進参加者は、常時200人を超えていました。延べ900人だったと発表されました。歩いた距離は12.6qで、沿道募金は16,585円です(他に1円硬貨未集計分1袋)。