〈30年ぶりに美東町、秋芳町、美祢市を行進〉
| 美東町を30年ぶりに行進する婦人(右) |
この地域の行進は30年ぶりだそうです。地元の人達も、何年ぶりかはっきりせず、警察署へ行進の届け出で、1976年以来の30年ぶりと分かったそうです。
行進してみると、多くの家から人が出てこられ、お辞儀をされたり、手を振られました。行進の再開を待っていたのでしょうか。
美東町で、私とリレー横断幕を持った婦人は、かって、この地域を40歳代で行進した経験者です。町の変化をたどりながら、感無量のようでした。行進途中で、その婦人の友人と、偶然出会い、友人(婦人)も、飛び入りで1�劼曚品發�ました。飛び入りした婦人は、行進が進むつれ、感情が盛り上がり、各家に向かって「○○ちゃん」とか、「□□ちゃん」とか、友達の名前を叫びました。平和行進に参加しているアピールです。平和行進が、地域の人々を励まし、積極的な行動に導く、素晴らしいできごとでした。
美東町役場訪問では、町長さんから歓迎の挨拶を玄関でいただきました。秋芳町役場では、行進者全員が町長応接室に招かれ、助役さんと議長さんから歓迎の挨拶をいただきました。議長さんは、「昨日、平和行進の話を聞き賛同した」と話されました。美祢市役所では、職員10数名が玄関に出迎えられ、総務課長さんから歓迎の挨拶をいただきました。職員の歓迎を見た行進者から「行進者より多い」と、感嘆の声がでました。
行進は、美東町が20数人で2.5�辧⊇�芳町が10数人で1.5�辧�美祢市が15人前後で1.5�卻發�ました。
この地域の合併問題は、「新市の名称問題」「財源と財政問題」などからみ、複雑でした。合併せず、自立に向かう声は大きくないようです。
| 「米空軍爆撃演習場阻止記念碑」を前にパチリ(右が吉川洋秋芳町議) |
大理石に刻まれた碑文には、「米空軍爆撃演習としての申し入れがありましたが『学術の宝庫』としてこれを守り、現在天然記念物および国定指定公園として保護されています」と書かれてありました。
私は、このカルスト台地を15年前に「萩往還150�劵泪薀愁鵐縫奪�」で走ったことがあります。そのとき見た思いを紹介します。山口市を夜の8時にスタートし、防府市へ行って折り返し、カルスト台地にさしかかったのが朝でした。
なお、秋吉台を通る観光道路は、私が走った年から無料となり一般開放されました。
右手の山から陽がのぼる
朝日に映えたカルスト台地
草原に顔だす石灰岩
まさしく羊の群れのよう
なんと素晴らしい景色だろう
疲れを忘れ見とれてしまう
去年まで有料道路だったという
走って来てよかったなあ