竹田昭彦日誌(47)8月03日(水)
〈戦没した兵士の「妻に感謝」の手紙〉
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戦没した兵士の「妻に感謝」の手紙
=大村市昊天神社境内 |
今日は、6日ぶりに晴天でした。雨天に慣れたせいか、暑く感じました。
途中で休憩した神社で、神社の由緒を記した掲示板の下部に「妻に感謝」、と書かれた手紙が張ってありました。
読んでみると、戦死は必死と覚悟した兵士が、妻宛に書いた手紙です。差出人は、山口県出身で、1945年6月5日フィリピンのルソン島で戦死した方です。没年は35歳でした。大村にあった旧陸軍の第64連隊基地(現陸上自衛隊基地)から、出兵した兵士だと思います。
主旨は、��苦労ばかりかけ、すまなかったこと、��戦死の通知を受けた時は、世の中が真暗になるだろうが、何時までも悲しまないこと、��2人の子どもを立派な人間に育てて欲しいこと、��靖国神社の神となって見守ること、��身の振り方については、意志を定めて親と相談の上、自分のよいようにすること、��老年の父母をよろしくたのむ、と書かれてありました。
当時の兵士が、妻に宛てた一般的な手紙だろうと思います。
私が注目したのは、��身の振り方です。当時としても、妻の自由意志を尊重する思想があったことを知りました。
いずれにしても、戦争は悲しみをもたらします。私は、戦没者の遺児の方々と、父親の戦没地(中国)を訪ね、慰霊祭をしたことがあります(竹田昭彦日誌7月3日参照)。
その時、ご一緒したご婦人(娘)が、お父さんへの手紙を読んだ中で、「お母さんは再婚しました」「すみません」と、謝っていました。
そのご婦人の複雑な胸の内を思い、私は涙しました。
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