竹田昭彦日誌(20)7月07日(木)
〈7月7日は「廬溝橋事件」の日〉
今日の7月7日は、1937年の7月7日、日本が中国へ全面的侵略戦争をしかける突破口になった「廬溝橋事件」の日です。北京郊外にある廬溝橋の一発の銃声をきっかけに、日本軍が北京中心部へ攻めました。そして、上海の陸路と長江から北へと攻め、南京を陥落し、南京に華中の大拠点を築きました。南京30万人大虐殺は、こうしておきたのです(竹田昭彦日誌(16)7月03日参照)。
また、1941年12月8日には、太平洋戦争へと侵略を拡大したのです。廬溝橋を2度訪ねたが、石材で造られた芸術的な美しい橋です。今日は、特別な思いで歩きました。
 |
| 出発前の勢ぞろい=串木野市役所(中央が東市議) |
本日のスタートは、東勝巳串木野市議が宣伝カーを運転し、全法務3人と全労働2人の各精鋭と、私の計7人でした。国道3号線を、行き交うドライバーに手を振りながら、金山峠を越え、薩摩川内市へと進みました。3号線は車の交通量が多くあり、大型トラックのドライバーから2台続けて手を振られることもありました。一同、大いに元気をもらいました。紅一点の全法務の方は、両手を上げて振っていました。昼食時には、男性から「手を振って歩くのも良いですね」、と話されました。行進者の意志が、沿道の方やドライバーの方に良く伝わったと思います。
午後の行進の途中から雨が降ったので、歩道がなく、ガードレールのある逃げ場のない狭い車道では、宣伝カーに乗って危険を避け、無事、川内市役所に着きました。
朝の出発集会に先立ち、串木野市の市長さん、議長さん(代理副議長)、組合長さんを訪問しました。各々、署名と賛助金を頂きました。午後の行進終了後には、薩摩川内市の市長さん(代理秘書課長)、議長さん(代理議会事務局長)を訪問し、賛助金を頂きました。両市訪問で感じたことは、とてもざっくばらんな話が出来たことです。
今日のコースは、串木野市役場から薩摩川内市役所迄でした。延べの参加者は9人で、歩いた距離は14�劼任后�
|